日本語学習者の会話能力の判断には、一般的に流暢さ、正確さ、発音、タスク達成等が考慮されるが、これらの要素が卓越しているにも関わらず学習者の発話が不自然に聞こえることは珍しくない。この不自然さの原因を究明せずしては、学習者の更なる能力向上の指導は困難なものとなるだろう。Nazikian(2005)は不自然さを生み出す終助詞の欠如は内容の伝達、タスクの遂行に支障がない為、その重要性を見逃しがちであるという問題点を指摘する。他の文末情意表現にも同様のことが言えよう。上記の状況をふまえ、本発表では不自然さを誘発する一つの要因として学習者の文末情意表現(「よ」「ね」「けど」「のではないだろうか」「思う」)と母語話者の使用比較調査を報告する。調査では特に意見文の情意表現に焦点を絞り、母語話者及び中級レベルの学習者の表現の使用状況を量的に調査、また会話分析も行った。結果、母語話者の表現に対し、学習者の表現では多様性が顕著に欠如していることが観察された。また、学習者の表現は「思う」の使用に偏り、情意表現を全く使用せず意見文を述べる傾向が多い事実も明らかになった。更に、母語話者の会話では単文に多様な情意表現が共起しているのに対し(例:「じゃないかと思うんですけどね」)、学習者の意見文では無使用、一つのターンで単独使用、及び会話全体の中で単一的に使用されていることが観察された。この結果は様々な教科書における文末情意表現の取り扱い、また教育現場での指導、教師の意識に帰することを示唆し、学習者の更なる能力向上を目指すべく文末情意表現の重要性を提案、指導法を検討し、今後の日本語教育における課題について考察する。