日本語獲得と継承語喪失のダイナミックス

ー日本の小・中学校のポルトガル語話者の実態を踏まえてー
中島和子/ロザナ・ヌナス(トロント大学)
nakajima@chass.utoronto.ca
rnunes@chass.utoronto.ca

April 4, 2001
copyrtight 2001 K. Nakajima

1. はじめに

学齢期の子どもが国を越えて転校を余技なくされ、異文化の中で言語形成期を過ごす子どもの数は地球規模で増えている。二つの言語、二つの文化を股にかけて育つ子どもにとって、子ども自身が持つ親から継承した言語(L1、継承語)が新しい現地語(L2)の習得および人間形成全般に大きな役割をすることはすでに指摘されている通りである。(Cummins 1986; Hammers & Blanc 1994; Wong Fillmore 1991) しかし、この分野において日本語を一言語とする研究は非常に少ない。しかもこれまでの研究は親の赴任にともなって海外に出る日本人子女(海外子女・帰国子女)が主であり、日本語を現地語とする外国人子女の2言語の習得・保持に関する研究は未踏の分野である。最近日本も先進国の仲間入りをし、労働力を外国からの季節労働者に頼るようになり、そのため公立小・中学校が日本語の話せない外国籍の子どもを受け入れざるを得なくなった。その数も昨年の調査によると全国で1万8千人、今後も増加の傾向にあるという。こういう外国人子女に対する日本政府の対応は遅れており、特に母語の保持・発達に関する公の政策・対策がないまま、一部の行政やボランティア団体に任された形になっている。(野山2000)

本研究は、国立国語研究所の「外国人年少者の日本語習得・母語保持の縦断的調査」(1997〜2001)の一環として行った会話力調査の中間報告である。 外国人児童・生徒の中で最も人数の多いポルトガル語話者の小・中学生のポルトガル語(L1)および日本語(L2)の会話力を分析することによって、日本が必要とする準一世を対象とした継承語教育の在り方を、実態を踏まえて模索することを目的としている。従来の継承語学習研究は、統計処理が可能なほどの被験者を集めることが困難な分野であった。しかし、画一的な日本の公教育の中の外国人子女の場合には、複数の学校に散在するデータを同質のものとして扱うことがある程度可能である。このような大規模データは継承語教育では非常に稀であり、子どもの現地語獲得・継承語喪失のダイナミックスの実態を踏まえて、その一般的動向を探る上で貴重な資料と言えよう。注1

 21世紀の継承語教育の課題は、マイノリティー言語学童の中から「加算的バイリンガル」(additive bilingualism)を育てることにある。日本の学校で学齢期の一部を過ごすブラジル人生徒が、日本においてもまた帰国後もそれぞれの社会の成員として立派に機能していくために必要な、二つの言語にまたがった言語能力を獲得するために、どのような教育的介入が必要であろうか。これを探るのは継承語教育共通の課題と言えよう。

2. 目的と課題

土地が変わればことばも変わると言われるが、子どものことばの変化は激しい。現地校に根を下ろせば下ろすほど、現地語が急激に伸びていき、その代償として継承語が後退していく。では、この現地語習得と継承語後退のダイナミックスが、日本という環境で実際にどのような状況で起こっているのであろうか。継承語を伸ばしたいと願う親にとっても、また現地校で日本語教育を行う学校教師にとっても、両言語がどのような時間的、年齢的制約の中で変化していくのかということに関する青写真が必要である。個々の子どもの問題はつねに全体像との関連で対処されなければならない。

従来会話力は簡単に習得され、しかも短時間のうちに習得が可能と考えられている。特に語彙、読解力と比較して、会話力は約2年もあれば習得できるが、教科学習に必要な認知面の語学力CALP(Cognitive/Academic Language Proficiency)の習得は母語の発達レベルと関係があり、8歳以前の場合は7年から9年、8歳以降の場合は5年かかると言われている。(Kresmer 1994; Collins 1987; Munoz-Sandoral & Cummins et al. 1998) この場合の会話力とは一体何をさしているのであろうか。CALPという概念は必ずしも語彙、読解力に限られたものではないが、会話力におけるCALP面はほとんど言及されることなく、BICS (Basic Interpersonal Communicative Skills)というレッテルをはられて、その表層面のみが注目される傾向にある。国を越えて転校を余技なくされ、異言語、異文化の中で学齢期を過ごす子どもにとっては、教科学習に必要なCALP面の会話力の獲得は必死であり、外国人児童・生徒の場合は特に、この面からの会話力の測定が必要であろう。

本研究では、次の4点について明らかにすることを目的としている。
(1)2言語の会話力を基礎言語面、対話面と認知面に分けて多面的に測定・分析して、それぞれの言語の会話力の構造、および2言語にまたがる会話力の内部構造について明らかにすること。(会話力の構造)
(2)2言語の会話力を多面的に測定・分析し、それぞれの面の被験者の個人要因(年齢、入国年齢、滞在年数など)との関係を明らかにすること。(2言語の会話力に影響する個人要因)
(3)会話力と語彙力、読解力、聴解力の関係を調べ、会話力を通して言語能力全体についてどの程度の予測が可能かを明らかにする。(会話力の予測力)
(4)どのような子どもたちが継承語教育を必要とし、またどのような継承語教育を必要としているかを明らかにする。(継承語教育への展望)

以上で明らかなように、本研究の目的は会話力そのものについての理論面的な側面と、現場で実際に役立つ実用面とを合わせもったものである。外国人児童・生徒への対応はまだ始まったばかりで現場の教師は手探りで教育に当たっている。その意味で、本研究の実用面での意義は大きい。特に分析結果を「2言語マップ」という形にして、日本語獲得と継承語喪失のダイナミックスを跡づけようとする試みは、現場で直接役立つものの一つと言えよう。

3. データの収集と分析

会話力現地語習得と継承語保持のダイナミックスの実態を知るために、つぎのようなデータの収集及び分析を行った。まず対象になった公立学校は全国8県にわたり、小学校29校、中学校4校、全員男女合わせて242名(小学生220名、中学生22名)である。表1にその内訳を示した。この子どもたちの日本滞在年数は、来日3ヵ月から12年、その平均は3年4ヵ月である。ほとんどの生徒が日本語補強授業(JSL)をセンター校方式、拠点校方式、日本語指導担当教員によるとりだし授業などいろいろな形で受けているが、母語補強教育に関しては少数の例外を除いてはほとんど受講していない。また受講していたとしても月一回、2・3時間程度のものである。

表1 被験者の内訳(名)
学年 OBC TOAM
男子 女子 全員
小1 11 8 19 0
小2 15 17 32 24
小3 25 15 40 28
小4 22 20 42 33
小5 29 12 41 32
小6 24 22 46 30
中1 8 1 9 6
中2 5 1 6 3
中3 4 3 7 4
合計 143 99 242 160
滞在年数平均 40.2(約3年4ヵ月)
標準偏差 30.4(約2年6ヵ月)
入国年齢平均 75.0(約6歳2ヵ月)
標準偏差 38.2(約3歳2ヵ月)

使用した評価ツールは二つあり、一つはTOAM(Test of Acquisition and Maintenance)と呼ばれる聴解、読解、口頭語彙テストで、もう一つはOBC(Oral Proficiency Test for Bilingual Children)という会話テストである。TOAMは筑波大学岡崎敏雄先生開発のものを土台に、国立国語研究所が多国語版(日本語、ポルトガル語、中国語、スペイン語、ベトナム語)を作成したものである。聴解には録音テープを使用しており、口頭語彙テスト以外はグループテストが可能である。TOAMはそれぞれ母語と日本語で全国的規模で実施され、そのサンプル数は4か国語合計1672件に及ぶ。またTOAM被験者の保護者を対象に、2言語の習得・保持に関する態度・意思決定に関する31項目にわたる父母アンケート調査も行っている。

読解、聴解のTOAMは、大きく二つの部分から成り立っている。一つは認知要求度の高いcognitive demandingな問題と、認知要求度のあまり高くなく、絵刺激による場面設定のあるcontext embedded な面の問題である。テストは語彙から始まって、単文レベル、連文レベル、文章レベル、連段落と難易度順に並んでいる。母語テストでは、これに加えて、かなり難易度の高い中学生向きの読み物が加わっている。聴解、読解合わせて日本語では95問、母語では98問からなっている。

会話力テストOBCは、ポルトガル語、中国語を母語とする小・中学生(それぞれ242名、122名)を対象に行った。データ収集の方法としては、調査員(それぞれのことばの母語話者がペアになる)が学校訪問をして、それぞれ母語と日本語で個人面接テストを行った。使用時間は、各言語それぞれ15分以内。これらの被験者の中で、TOAMとOBC両方の被験者数は表1に示したように、160名である。

 会話力テストはOBC(カナダ日本語教育振興会開発)を土台にして国立国語研究所プロジェクトチームが外国人児童・生徒用に作成したものである。図1の流れに従ってテストを行った。
10分前後で出来る個人面接テストで、まずWarming-up、導入会話、基礎タスク、対話タスク、認知タスクからなる。導入(自然会話)をチェックポイントとして、基礎タスク(文型中心)を省略して、対話タスク(ロールプレイ)に飛ぶことも可能である。したがって、被験者の力によって、導入だけで終わる場合、基礎タスクまで行く場合、対話タスクまで行く場合、そしてさらに認知タスク(物語、環境問題、地震、消化、文化比較)まで行く場合と何通りかの可能性があり、かなり柔軟性のあるものである。今回の調査では、導入の部分にTOAM口頭語彙テスト(絵刺激による56の名詞、動詞、形容詞)を行った。

添付資料の会話サンプルにあるように、導入会話は大体16項目からなるテスターとの応答である。被験者の名前、学年、誕生日、家族関係、友人関係、使用言語、好きな動物または好きな教科(年齢による)、日本の学校で好きなこと、きらいなことである。次の対話タスクは文字説明なしの絵カードで状況を示し、「留守電と伝言」、「(友達を)誘う」、「(親に)ねだる」、「問い合わせ」などのロールプレイ。次の認知タスクは「物語」、「地震の体験とその起因」、「(地球がマスクして泣いている絵を使って)環境問題の説明と意見」、「(食べた物はどうなりかすか)という消化機能(に関する問)」、そして「(ブラジルと日本の学校/食べ物/家などがどう違うかという)文化の比較」である。

図1 OBCの構造

被験者とテスターの会話はすべてMDに録音、分析に当たっては母語、日本語それぞれの母語話者二人が次の三つの方法で採点した。

(a)タスク達成度
導入会話及び各導入、基礎、対話、認知タスクの質問事項にしたがって、タスク達成度を三段階(1、0.5、 0)に採点、各タスク面毎にパーセントで提示。その合計点(400点満点)を使用した。例えば、指示に従って発話ができたら1、出来なかったらゼロ、その中間 は0.5という具合である。

(b)会話の質の評価
差があると思われる項目をリストし、それぞれの項目を5段階で評価した。日本語は43項目、ポルトガル語は41項目である。例えば、ポルトガル語の母語の採点表の場合、「日本語に移行せず、ポルトガル語で発話を終えることが出来る」(2言語の分化)、「自然な発音で話すことができる」(発音)、「単語を並べただけの答えが多い」(文の質)、「(物語)の順序を追って話せる」(順を追って話す)などをそれぞれ5段階に採点した。

(c)会話力習得・保持状況の全体評価
 全体を概観し、L2の発達段階を6つに分類した。この分類は現在日本語のみ終了。ポルトガル語に関しては、一部のみ完了している。

以上の採点結果に対して、まず(a) 、(b)の採点者間の信頼度を調べた。 表2に示したように (a)はいずれも非常に高く、平均相関係数 .915~.984(P=.000)であったが、(b)の5段階評価となると、予想されたように非常に低い項目もあり、それらを切り捨てて相関係数 .621~.802(P=.000)(平均 .728)以上の項目のみ因子分析に使用した。これらの分析に当たっては、SPSSとEXCELを使用した。日本語に関しては、現在5段階評価の信頼度を分析中である。

表2 信頼度検定
  L1
(ポルトガ語)
N=219
L2
(日本語)
N=219
導入タスク .957
P=.000
974
P=.000
基礎タスク .978
P=.000
.984
P=.000
対話タスク .942
P=.000
.923
P=.000
認知タスク .915
P=.000
.957
P=.000
5段階評価 .369~.802 N/A

4. L1、L2会話力の実態

 以上の分析の結果得られた会話力の実態を次の4つに分けて述べる。まず会話力の6段階 (4.1)、会話力の内部構造 (4.2.)、発達要因と個人差 (4.3.)、そして会話力の予測性 (4.4.)である。

4.1 会話力の6段階

L2日本語の習得度の全体評価の結果、被験者の日本語会話力を次の6つの段階に分けて考えることができる。STAGE 1から6までのそれぞれの段階の特徴は次のようである。

STAGE 1 ことばによる応答が困難、質問のおうむ返し、沈黙、首振りまたは「はい」/「いいえ」だけで応答、単語レベルの応答がほとんどである。
STAGE 2 2語レベルで最低限度のコミュニケーションができる。
STAGE 3 単文レベルで応答が可能であるが、語順、その他の文法面の習得が不十分、日本語の場合は動詞、形容詞の活用、助詞の選択などに問題がある。
STAGE 4 対話のやりとりがスムーズで、そのなめらかさにおいてネーティブレベルに近づく。日常的な内容の会話なら、多少間違いはあってもかなりこなせる。しかし、認知要求度の高いタスクはまだ十分にこなせない。
STAGE 5 認知面タスクもこなせるようになる。
STAGE 6 社会性が増して相手への配慮、丁寧度意識が加わる。

母語のポルトガル語保持の場合にも、同じように6つの段階が見られるが、日本語のような判然とした敬語構造がないため、STAGE 5の境目がはっきり区別出来ないことが多く、現在STAGE 5を最高とすべきかどうか検討中である。

 では、実際にどのような会話力か一つ例を挙げてみよう。ロドリゴ・サントス(仮名)は小学校3年生8歳の男児で、STAGE 3と判断された被験者である。滞在年数は一年、日本語OBC会話得点296.8 (74.2%)、TOAMテストの結果では、日本語語彙71.4%、聴解力23.3%、読解力8.6%と、かなり読解力は低い。一方、母語のポルトガル語のOBC会話得点293.5 (73.4%) 、語彙76.8%、聴解力48.4%、読解力24.3%で、母語でも読解力はかなり低い。担任教師の話しによると、性格は外向的で日本人の友達もブラジル人の友達も多いそうであるが、授業についていくのはまだまだ困難だそうである。OBC日本語テストを文字化したものの一部を資料として添付する。これは『ACTFL-OPI入門ー日本語学習者の「話す力」を客観的に測る』(アルク2000)より転載したものである。ロドリゴは滞在年数1年としては、非常に日本語の発達度が速いケースであると言える。テスターとのやりとりはかなりスムーズに進む。基本的な動詞、形容詞の活用などはほとんど問題がないが、数詞などに誤りが多い。しかし、認知タスクとなると、一見こなしているように見えるが、適切さを欠き、まだ歯が立たない段階である。一方、母語のポルトガル語の方はどうかと言うと、一応STAGE 4と判断された。ポルトガル語しか話さないテスターとの会話で、ポルトガル語だけで終始することがすでに出来なくなっていた。「忘れちゃった」とか「何だっけ」などが日本語になってしまう。心理的にポルトガル語より、日本語を好んで話したがる傾向が明らかに見られた。

次に日本語で各STAGE に到達できる滞在年数の平均を学年別に求めてみると、表3のようになる。 STAGE 1に達するのに平均して約1年、STAGE 2に達するのに2年弱、STAGE 3に3年弱、STAGE4には5年近く、STAGE 5に5年以上、STAGE 6は6年である。棒グラフでこれを示すと図2のようになる。つまり、2年ぐらいで獲得できる会話力というのは、最低限度の対話力であり、コミュニケーションが過不足なくできるようになるには、5年の年月が必要であるということである。また各段階への到達度は被験者の年齢と関係があり、小学校低学年の場合はその上限がSTAGE 4、小学校高学年の場合は上限がSTAGE 5、そして中学生の上限がSTAGE 6とすることができそうである。


表3 学年別L2会話力各段階到達度(人数と平均滞在年数)
STAGE 小学生 中学生 合計 滞在年数
(平均月)
標準偏差(月)
1 2 3 4 5 6 1〜3
5 1 8 2 5 4 1 26 (11.6%) 12.54 8.32
5 6 5 3 1 7 4 31 (13.9%) 22.5 14.87
2 11 9 7 7 4 4 44 (18.3%) 33.6 25.82
4 10 13 21 14 14 4 80 (35.7%) 58.7 25.39
0 0 2 4 10 11 5 33 (14.7%) 62.9 28.69
0 0 0 0 3 3 4 10 (4.5%) 73.7 28.42

図 2 L2(日本語)各段階に達するのに必要な滞在年数(平均)

graph 2

4.2. 会話力の内部構造

L1ポルトガル語、L2日本語の因子分析の結果、それぞれ因子が二つずつ摘出された。(表4参照) 日本語の2因子は、因子Iは「会話力認知面」と呼べるもので、認知タスクの「物語(まとまり)」、「(環境問題)の説明」、「(環境問題に対する)意見」、「語彙の質(どのぐらい適切な用語を使って、説明ができ意見が言えるか)」、「構文の質(どのぐらい複雑な構文が使えるか)」、「文と文のつなぎ(のなめらかさ)」などに負荷している。第II 因子は、「会話力基礎・対話面」と呼べるもので、「文の生成(単文が出来るかどうか)」、「発音(自然な発音で話せるか)」、「語彙」、「聴解」、「文の質(単文か連文か、段落か、連段落かなど」に負荷している。これに「(文法的)正確度」、「流暢度(流暢に話せるかどうか)」、「タスク達成度(課せられたタスクがこなせるかどうか)」なども負荷している。因子Iで説明出来る部分が全体の41.2% 、因子IIで説明出来る部分が全体の41.1%で、両方を合わせて82.4%まで日本語力の差の説明が可能となる。

一方、L1のポルトガル語の方はどうかというと、日本語と同じように、二つの因子が摘出されたが、その内容はやや異なっている。第I因子が「基礎・対話面」で、第II因子が「認知面」である。そしてそれぞれの因子に負荷している項目も異なる。第1因子は「2言語の分化(二つの言語を混ぜずに使えるかどうか)」、「聴解力」、「適切さ(適切な応答ができるかどうか)」が中心で、これに、「語彙」、「発音」、「文生成」、「文の質」、「流暢度」、「文と文とのつなぎ目」などの項目が緩度に負荷している。

前掲のサントス君の例のように、日本語を話すときにポルトガル語を混用することは、滞在年数が極度に短い場合を除いては、ほとんど見られなかったが、マイノリティー言語であるポルトガル語になると、日本語を混ぜないと話せない被験者が多かった。これが第I因子となって現われており、第I因子で会話力全体の45.9% が説明可能である。第II因子は「認知面」であるが、「物語(まとまり)」、「(環境問題)の説明」、「(環境問題に対する)意見」、「語彙の質」、「構文の質」に、「参加態度(テスターとの会話にどのぐらい積極的に参加するか)」、「丁寧さ(「伝言」、「問い合わせ」のタスクなどで相手に対して丁寧な応答ができるか)」が加わっている。後に述べるように、母語の保持は被験者の年齢と非常に密接な関係があることから、第II因子は、母語の熟達度とでも言えるものである。多くの被験者にとって、日本語がすでに「強いことば」「自信のあることば」、ポルトガル語が「弱いことば」「自信のないことば」になっており、日本語では活発に話しても、ポルトガル語になると、消極的になり、母語に対する自信のなさが消極的態度となって現われるケースが多かった。第II因子で母語ポルトガル語の差の40.7 %、第I、第IIを合わせて、86.6%説明可能である。

表5の11A、11Bについて付け加えておきたいことがある。11Aは、日本語では、「話体の選択」で、これは「だ体」と「です・ます体」を使い分けである。例えば、親に「ねだる」というタスクでは「だ体」の使用が期待されているが、「問い合わせ」のタスクでは「です・ます体」の使用が期待されている。11Bは「敬語使用」で、たとえば、「留守電・伝言」などで年長児が「どちらさまですか」などという電話特有の敬体を使うケースが見られた。一方、ポルトガル語では、日本語のようにはっきりした話体の選択や、敬語構造がないため、一般的な応答の「適切さ」、「丁寧度」が採点項目となっている。

表4 L1、L2会話力の2因子
言語面 採点項目 L2日本語因子 L1ポルトガル語因子
I II I II





1 2言語の分化 .134 .454 .872 .269
2 発音 .310 .821 .801 .491
3 語彙 .512 .812 .769 .572
4 文生成 .495 .830 .773 .574
5 正確度 .500 .783 .687 .611
6 文の質 .519 .796 .741 .592



7 聴解 .528 .801 .814 .433
8 参加態度 .475 .694 .511 .736
9 流暢度 .523 .777 .750 .572
10 タスク達成度 .592 .728 .645 .666
11A 話体の選択(日本語)/
適切さ(ポ語)
.552 .627 .854 .340
11B 敬体使用(日本語)/
丁寧さ(ポ語
.647 .483 .547 .706



12A 物語(順序) .729 .575 .661 .658
12B 物語(まとまり) .805 .523 .560 .769
13 説明 .816 .501 .360 .870
14 意見 .856 .424 .525 .787
15 語彙の質 .860 .364 .259 .883
16A 構文の質 .886 .394 .301 .877
17B 文と文のつなぎ .856 .362 .786 .505

 以上の結果を4.1. の発達段階との関連で見てみると、まず日本語の因子Iは、STAGE1、2、3、4の会話力で、普通BICS と呼ばれる面である。これに対して、日本語因子IIは、STAGE5の会話力で、CALP面の会話力と言える。日本語で教科学習をしなければならない外国人児童・生徒の場合は「認知面」の会話力の発達をモニターすることが必要不可欠であろう。STAGE 6は、年齢との関係が強く、小学生の場合なかなか到達ができないレベルである。現行のサンプルは圧倒的に小学生が多い(90%)ため、もし中学生の被験者数が多いサンプルであれば、「丁寧度」という因子もあるいは摘出されたかも知れない。

次にL1、L2の会話力と、個人要因との関係を調べてみると、表6のようになる。L2日本語会話力の習得には、滞在年数と.428~.520 (P=.000)で有意の相関が見られるが、L1ポルトガル語の会話力となると、入国年齢と.422~.491 (P=.000)の有意の相関が見られる。

次に、L1は入国年齢を一定にし、L2は滞在年数を一定にして、各L1、L2の会話力の各面の内部相関を見てみると、表7のようになる。ここで特記すべきことは、日本語会話力では、導入会話と基礎タスク、対話タスク、認知タスクが、それぞれ.845、.622、.504の割合で有意の相関がある。これに対してL1ポルトガル語では、導入会話と基礎面、対話面、認知面との相関が、.897、.777、.721とさらに高く、このことは、母語の場合、導入会話で母語保持状況のかなりの部分が予測できるということを示唆している。

さらに、表7でL1とL2間の関係を見てみると、対話面、認知面に.338、.297 (いずれもP<.001)の有意な相関が見られた。



表6 会話力と個人要因との相関関係
  入国年齢 滞在年数 年齢

L2(日本語)
  会話 .170** 470 * .337*
    導入 .117 .369* .277*
    基礎 .122 .372* .280*
    対話 .152** .428* .318*
    認知 .216** .520* .324*
L1(ポルトガル語)
  会話 .457* .381* .299*
    導入 .372* .355* .191**
    基礎 .360* .355* .172**
    対話 .422* .329* .337*
    認知 .491* 374* .362*

* P<.01 ** P<.05


表7 L1・L2会話力の内部部分相関
    L2日本語
(滞在年数を一定)
L1ポルトガル語
(入国年齢を一定)
  タスク 導入 基礎 対話 認知 導入 基礎 対話 認知
L2 導入 1.00 .848** .622** .504** .077 .067 .092 .146
基礎   1.00 .568** .404** .026 .057 .049 .116
対話     1.00 .746** .129 .186 .338* .385
認知       1.00 .022 .075 .189 .275*
L1 導入         1.00 .897** .777** .721**
基礎           1.00 .794** .710**
対話             1.00 .916**
認知               1.00

**P=.000 *P=.001

4.3. L1・L2会話力と滞在年数・入国年齢との関係

 次にL1の習得状況、L2の保持状況を滞在年数、入国年齢との関係で詳しくみてみよう。まず滞在年数を横軸にL2日本語のOBC得点(採点方法の1の結果)を縦軸に散点図で示すと、図3のようになる。大体OBCの得点80%が前述のSTAGE 4、90%がSTAGE 5に相当する。L2会話力の習得には従来2年と言われているが、この図でも滞在年数2年の間は非常な個人差があるが、三年目になると大多数の被験者がSTAGE 4に近づいていく状況が分かる。しかし、3年目、4年目、5、6年目になっても低迷しているケースもあることに注意したい。

低迷しているケースが年齢とどのような関係があるかを探るために、小学校、低学年(1、2年生)と高学年(5、6年生)に分けて散点図で示してみると、図4、図5になり、低学年の方に低迷型が圧倒的に多いことが分かる。これをさらに個々のケースに当たって詳しく調べてみると、いろいろなケースが見られ、主な原因として浮上したのは、学習困難児(LD)、音声器官の障害、不適応から来る心理的な落ち込み、家庭内の問題(例えば、新しい日本人の父親との折り合いが悪いなど)、同年齢の子どもとのインターアクションの欠如(日本人の友達が作れない)、移動のため学校教育の一時的断絶などであった。

図3 滞在年数とL2日本語OBCタスク得点

図4 小学校1・2年生のOBC日本語得点と滞在年数

図5 小学校5・6年生のOBC日本語得点と滞在年数

以上は被験者全員OBCタスク総点を鳥瞰したものであるが、小学校5、6年生の認知タスクの得点のみを取り出して、滞在年数との関係を見てみると、図6のようになる。認知面の会話力となると、小学校高学年でもかなり緩やかなカーブでしか発達していっていないことが分かる。認知面の会話力は日本人の母語話者と机を並べて教科学習をするために必要な語学力であり、STAGE 5と判断された被験者の認知タスク平均得点(80%)のレベルに達するのに、7〜9年の時間がかかっていることが分かる。また、滞在年数が長いにもかかわらず、小学校高学年になっても認知面が低迷しているケースが半数以上(43名中25名)も占めていることも見逃せない。これら日本語で低迷している子どもたちの中には、すでに母語の読解力がゼロに近いところまで退化しているケースも多く、これらの子どもたちは一つの言語の獲得も十分には出来ていない、いわば2言語環境の犠牲者とも言うべき子どもたちである。

図6 認知タスクと滞在年数(小学校5・6年生)

次に、L1ポルトガル語の会話力を滞在年数別に並べてみると、図7のようになり、かなりくっきりと二つのグループが見えてくる。一つは滞在年数が長くてもあまり変化せず、70%以上の会話力が保持できているグループである。もう一つは母語会話力得点が50%前後、またはそれ以下のグループである。このグループは個人差が非常に激しい。さらに入国年齢別に散点図を作り直して見ると、図8のようになり、上の二つのグループが入国年齢と密接な関係があることが分かる。つまり、10歳以降に来日した子どもたちの場合は、かなり高度の会話力保持が可能であるが、それ以前に来日した場合には個人差がはげしく低迷するケースが多い。この点に関しては家庭での母語使用との関係を見る必要があろう。

図7 滞在年数と母語OBC得点

図8 入国年齢と母語OBC得点

4.4. 会話力の予測性

会話力は語彙力、聴解力、読解力とどのような関係にあるのであろうか。また会話力を通してことばの力全体がどの程度予測可能なのであろうか。この会話力の予測性を明らかにするために、まず最初に、口頭語彙力、聴解力、読解力、次に入国年齢、滞在年数、年齢との相関関係を調べてみた。その結果表8のようになり、L2日本語は滞在年数、L1ポルトガル語は入国年齢とそれぞれ有意の相関関係があることが分かった。特に日本語の語彙は滞在年数と.621の相関が見られ、聴解、読解とも.455、.470の相関関係が見られる。ポルトガル語では、語彙、聴解、読解、会話がそれぞれ.547、.466、.627、.457で有意の相関を示している。

表8 TOAM得点とOBC得点と入国年齢、滞在年数、年齢との相関関係
  入国年齢 滞在年数 年齢

L2(日本語)
    語彙 .272* .621* .362*
    聴解 .098 .385* .365*
    読解 .083 .455* .453*
    会話 .170** .470* .337*
L1(ポルトガル語)
    語彙 .547* .507* .269*
    聴解 .466* .237** .467*
    読解 .627* .355* .521*
    会話 .457* .381* .299*

* P<.01 ** P<.05

つぎに、日本語の場合は滞在年数、ポルトガル語の場合は入国年齢を一定にして部分相関を求めると、表9のようになり、日本語の会話力が語彙、聴解、読解と有意の関係があり、中でも語彙との相関が高い(.603)ことが分かる。ポルトガル語の会話力も、語彙、聴解、読解と有意の関係が見られ、語彙との相関が .801と非常に高い。日本の学校では、子どもの母語に堪能な人材はまれであり、現場の教師にとって子どもたちの母語の査定をすることは非常に難しい。以上の分析の結果から推して、比較的な短時間でしかも簡易な語彙テストで、会話力全体の80%、会話力の諸面では71~77%(導入77%、基礎面71%、対話面74%、認知面77%)まで、推定できる可能性を示している。

さらに2言語間の関係であるが、この分析では聴解力と読解力でL1とL2の間にわずかに有意の関係が見られた。聴解力で2言語の相互依存関係について言及した研究はほとんどないが、集中力を媒介にして聴解力のL1とL2が相互依存関係にあることは、当然予想できることであろう。注2

表9 日本語力・ポルトガル語力諸面の部分相関 (N=143)
    L2日本語
(滞在年数を一定)
L1ポルトガル語
(入国年齢を一定)
    語彙 聴解 読解 会話 語彙 聴解 読解 会話
L2 語彙 1.00 .660** .704** .603** .024 .246 .212 .092
聴解   1.00 .725** .493** -.082 .324* .178 .188
読解     1.00 .465** -.081 .319 .297* .133
会話       1.00 .092 .188 .133 .188
L1 語彙         1.00 .512** .470** .801**
聴解           1.00 .491** .532**
読解             1.00 .337**
認知               1.00

**P=.000 *P=.001

5. 継承語教育を必要とする子どもたち

最後に以上の諸テストの分析結果を踏まえて、この子どもたちが一体どのような母語補強教育、継承語教育を必要としているかを見てみよう。この点を明らかにするためには、どうしても母語の読解力を考慮に入れる必要がある。母語の会話力は、聴解力とともに、かなり安定した部分であるが、読み書きの力の退化は非常に速い。図9にTOAM読解力の母語得点と入国年齢との関係を示すと、中学生以外はかなり低迷していることが分かる。子どもの年齢との関係も明らかで、7歳以前に来日した子どもの場合は特殊なケースを除いては20%以下になっている。このグラフではゼロまたはゼロに近い生徒の数がはっきり読み取れないが、ゼロまたはゼロに近い生徒は146名中85名(58.22%)もいるのである。そして、その内訳は小学校2年生96%、三年生74%、4年生51.5%、5年生31.3%、6年生26.7%と、学年が下がるに従って増えていく。注2

これらの子どもたちは母語読解力を獲得するチャンスがないまま成長し、日本語が主要言語、ポルトガル語は聞くことと、話すことがある程度できるだけという、バランスのとれた高度バイリンガル(Proficient bilingual )に育つ可能性を剥奪された子どもたちである。またこの子どもたちの中には、前述のように日本語会話力においてCALP面のSTAGE5まで到達できず、万年STAGE4に止まる長期滞在児も含まれている。継承語教育がしっかり立ち上がっていない日本では、すでに学齢期の移動のため、二つはおろか、一つの言語の獲得にも苦労する「減算的バイリンガル児」がいるということは見逃せない。

図9 入国年齢と小・中学生母語読解力

以上の調査結果を踏まえて、継承語教育が必要な子どもたちは、次の三つのグループに分けて考えられる。

グループ(1)は学齢期以前、幼児の時代に海外に出た子どもたちである。図8の得点が0から60点以下の子どもで、このグループに属する子どもの数は全体の21.2%(49名)を占めている。 Wong Fillmore (1991)やCummins(1991)が警告を発しているように、4、5歳までの間に母語を喪失する率は非常に高い。この子どもたちには母語補強を目的としたしっかりとした幼児教育が必要である。

グループ(2)は来日前に母国で学齢期を迎えたが、読み書きがしっかり確立する以前(10歳以前)に来日した子どもたちである。図8のポルトガル語の会話得点が60~80%の子どもたちである。これらの子どもたちは、会話力の方はかなり保持ができても、読解力がゼロに近い。全体の19.5%を占めている(45名)。このような子どもたちには、会話力を高めると同時にゼロからのしっかりとした母語の読み書き教育が必要である。

グループ(3)は会話得点が80~100%の子どもたちで、全体の65% (181名)を占めている。家庭や友人との間で母語を使用することによって、母語保持はある程度できている高学年生徒であるが、この子どもたちには、認知面の会話力の育てる高度の母語補強教育が必要である。

6. 日本語語獲得と継承語喪失のダイナミックスと「2言語マップ」

これまでの調査結果を統合して、日本のブラジル系外国人児童・生徒の日本語語獲得と継承語喪失のダイナミックスを、図10のように一つの図上に記録することができる。これは「2言語マップ」とでも呼ぶべきもので、子どものことばのカルテである。赤線と青線で示したのは、本研究の結果得られたポルトガル語話者児童・生徒の会話力の一般的動向を示すものである。(例えば、図2や図7)赤線はL2習得状況、青線はL1保持状況である。点線、実線は年齢差を示し、点線は小学校低学年生徒、実線は高学年生徒である。母語の退化状況に関しては、分析が終わっていないため、未完成のものであるが、母語退化・喪失の場合は、複数の路線があること、またそれが子どもの年齢によって異なることを示している。

図10 二言語マップ

 外国人児童・生徒は、日本国内での移動が激しいばかりでなく、国を越えて行ったり来たりするケースも多い。個々の子どものL2習得過程、L1保持状況を定期的にモニターし、逐次記録することにより、学校教師、保護者、そして高学年の場合は子ども自身も含めて、情報が共有できる。教師、親、子ども自身が互いに協力し合うことにより、一人でも多くの子どもを「加算的バイリンガル」に育てられるのではないだろうか。21世紀はマイノリティーの児童・生徒の中から加算的バイリンガルを育てるべく、親、教師が国を越えて協力をすることが望まれる時代である。

7. おわりに

今回の発表では中間報告であるとともに、あまりにも膨大なデータであるため、問題の焦点を会話力のみに限らざるを得なかった。もちろん横断的な研究であるため、それなりの限界を持ったデータではあるが、前述のように継承語教育の分野では稀に見る大規模データであり、2言語の発達の関係について豊かな情報を与えてくれるものである。また父母アンケート調査との結果を合わせ見ることによって、教師、保護者に参考になる貴重な情報も与えてくれるであろう。特に今後の課題として次の点が挙げられる。
(1) 長期滞在児に見られるL1-L2両言語認知面未発達児の問題
(2) L2習得とL1保持における親の態度と姿勢の関係
(3) 家庭で母語を使用することによるL2習得上の問題
(4) 現場教師にとって簡便であり、しかも信頼度、予測性の高い外国人児童・生徒用テストの開発






注1
本研究で使用したデータはすべて国立国語研究所に所属するものであるが、その分析と解釈の責任は発表者にある。中島は「外国人年少者の日本語習得・母語保持の縦断的調査」プロジェクトに当初より参画し、会話テストを担当。共同発表者ヌナスはブラジル系ポルトガル語話者としてテストの作成、実施、および評価に関与してきた。

注2
トロント補習授業校の小学生のL1(日本語)とL2(英語)の発達上の相互依存関係を調べた先行研究で、認知力を媒介にしてL1とL2の読解力が、そして、性格を媒介にして「対人関係の応答スタイル」が相互依存関係にあるという結果が出ている。(Cummins, et al 1984; カミンズ・中島1985)

注2
ちなみに母語読解力の習得状況を中国語話者グループ(N=100)のそれと比べてみると、下図のようになり、中国語では8歳以降に来日した場合は、ほとんどの子どもが読解力の維持が出来るようである。このことから、漢字圏の子どもの母語保持と、非漢字圏の子どもとの差が推察できる。すなわち漢字圏の子どもは日本語の漢字を通して、母語保持がある程度可能であるが、ポルトガル語のように全く異なった言語の場合は、母語保持が非常に困難であるため、積極的な教育的な介入がより必要だということを示唆している。



参考文献, 添付資料


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